「次はトルメンタJr.が相手です。最新のルチャ・リブレを体感できるなんて、ワクワクするでしょう?」
ファントム・ヤマプロの声は明るい。
しかし、越冬燕一郎の声は暗かった。
「俺は、彼の引き立て役ですか?」
「いやいや、貴方が経験を積むための試合ですよ。彼は格上との対戦を希望してましたが、何とか頼み込んで了承して貰ったんですよ。」
「つまり、負けるのが分かってるカードってことですよね?」
「それは……勝負ですからやってみないと分かりませんが、さすがに格上ですからね。勝つのは困難だとは思いますよ。」
「あの人も若いですよね?俺とそんなに変わらない。俺と何が違うんですかね。」
「彼はかなり若い時にデビューしてますから貴方よりも経験値が高い。しかも、類いまれなる身体能力の持ち主です。って、今日はどうしたんです?」
「師匠。」
座っていた越冬は立ち上がり、ファントム・ヤマプロを見据えた。
「俺はね……勝ちたいんですよ!もっと強い技を使いたいんです!早く、早く活躍したいんですよ!」
「……何をそんなに焦っているんですか?貴方はまだ未熟です。上の戦線で戦うには危険すぎる。もう少し経験を積んで、技術を高めて、身体が出来上がってから技を身に付けるべきです。」
「それってあと何年かかるんですか?若くても活躍してる人はしてます。俺だって……」
「……成長というのは他人と比べるものではありませんよ。貴方はもう少し自身と向き合った方が良い。焦る必要は無いのです。」
「……ちょっと走ってきます。」
越冬燕一郎。
どんな困難にも耐える忍耐力を持てと期待されて付けられた名前。
だが冬はいつか去り、春が訪れる。彼の春が訪れるのはいつか。