自分の依存してるものがもし失われてしまったら

私は自分の足にかなり依存してました。

世間と比べても特別凄かったわけではないです。

ただ、何の取り柄も無い私が幽霊部員を挟んでるとはいえ、陸上で鍛えた足のおかげで他人より多くの事を可能にしてくれました。

 

遅刻しそうな時も走れば何とかなったし、テクニックが無くともボールに触ればなんとかなるのでサッカーが楽しくなったりしたし。

終電逃しても2時間走れば帰れたし、震災で電車止まっても走れば家に帰ることができました。

大した事はしてきてないけど、この足を使って小さな不可能をたくさん可能にしてきました。

この足さえあれば少しの困難は乗り越えられる。かなり信頼しています。

 

あとこれは後付けの感情だと思うけど父の存在も多少はあると思う。

私の父は病気で幼少期に片足の成長が止まってしまったため、びっこ引いて歩いてました。

それを感じさせないような運動量、バイタリティで活動してたのでそれは凄かったのですが、苦労する場面も多く。

キャッチボールとか身体を使って一緒に遊ぶようなこともできなかったです。

その辺の事もあるんだろか?自分は父の分まで足を使い倒したい、病気が遺伝してたりしないよとか見せたかったのかも。

まあこの辺は実際わからないけど、少なからずなんか意識はしてた。

 

逆にこの足が無かったら私には何もありません。

この足が失われてしまったら自分を信頼できなくなります。

私は自分の足にかなり依存しています。

 

 

特殊な能力を得るためには、何か自身に制約をかけないといけない、肉体の一部を捧げなければいけない時ってあるじゃないですか。

自身への制約が強ければ強いほど強大な力を得られるのだとしたら、私は足を捧げなくてはなりません。

 

足を失ってまで得たい能力ってなんだろう?

 

私は相手の記憶を操作する能力かな。

肉体が不自由になることで色々な事で制約を受けてしまうけど、色々な人が献身的にサポートしてくれれば生きていけそう。

そういうわけでギアス欲しいです!

ギアスくれないならこの足もあげませんよ!w

 

 

実際どうだろうね?片足か両足かでも随分違うよね。

義足って手もあるけど、お金かかるしねー

車椅子になるのかな?上半身鍛えないとなー

迷惑かけないよう自分だけでも色々やれるようにしたい。

バリアフリーもお金かかるから何でもかんでも充実は難しい。

身体操作能力を上げて肉体を駆使できるようにせねば。

仕事は手先を使うものしかできんよね?喋るの苦手だしなぁ

ゲームやれてたら楽しいけど、もっとITスキル高めねば。

本を読んだり会話したりしてボキャブラリーも豊富でありたい。

体調も崩しやすくなりそうだから健康的な生活を心掛けないと。

人体についてや医療知識を増やして、料理もある程度できなくては。

何でもチャレンジしておいたら、出来なかったとしても経験はどこかに活きるはず。

 

これだけ挙げてると盛り盛りで全部やるのは難しいだろうし、実際切羽つまらないと行動もなかなかできないですよね。

でも、この中のほんの少しだけでも、できることからでも始めていたい。

そうでもして何か身につけておかないと失った時にメンタル崩れて上向きになる気力すら湧かなそうで怖いな。

文句だけ言って何もしないよりは無駄が多くとも何か行動していれば自分が楽しく生きる事に繋がるはず。

いや、文句は言うけど。

 

 

自分の依存しているものが失われた場合、自分はどうなってしまうだろう?

絶望して思考を停止するよりは、どうすれば困難を乗り越えられるか?

普段からそういう事を考える訓練をしておくと、いざって時の自分を鍛えられて良いかなとか思ったりしてました。

それでも難しいなーって時は誰かに寄り添うしかないかね。

私も少しでも頼りにされるような人間になれたらなとは思う。

お金は無いけど。

 

取り留めもないけど、フワフワと思った事を書いてました。

子供の頃から何処か欠損したら……ってのはよく思ってたなぁっていう話です。

まあ人間そう簡単にストイックにはなれませんねー

いつまでも頼れる依存先が健在であって欲しいけどもね。

どうでもいい文章にお付き合いありがとうございました。

 

 

追記。

現在は足も衰えてきてるので、前ほど依存はしてません。

そのせいなのか太ってきちゃったよ。

もっと足に依存せねばギアス得られない……