全ては幻へ

コスチュームに着替え終え、椅子に座り、シューズを履き替える。

 

靴紐に手をかけ、片足ずつ、一つ一つ紐を通しながら結んでいく。

 

先程までの自分はどこにでもいる、変哲もないただの人間だった。

 

そんな自分が、この儀式を通して何処かへと押し込められていく。

 

代わって現れる自分は、秘められたものか何処からやってきたか。

 

普段では出来ないようなことを簡単に平然とこなしてしまうのだ。

 

信じられない力で相手を撃ち、ぶつかり、捻り、放り投げる。

 

声は大きくなり、大勢を前にしても身体が震えることはない。

 

高い所に登り、飛ぶことも、大きな声援の前では造作もない。

 

打ちのめされ、関節が痛み、血は流れ、息が切れる。

 

どんな目にあっても、大きな声援があれば立ち上がれる。

 

この瞬間だけは、私は特別な存在、超人となれるのだった。

 

マスクを被れば日常から非日常へと世界が変わっていく。

 

長いことマスクを被っているので、何度も世界を行き来してきた。

 

自分にとって何処が居場所なのか、未だに正解はわからない。

 

新たに起こしたヤマプロは、これから何処へ向かうというのか。

 

自分に出来ることは、この非日常を戦い続けることしかない。

 

何も掴めないかもしれない。この世の全ては幻なのかもしれない。

 

ならば相手も、観客も、世界も、自分でさえも幻を見るがいい。

 

この控え室を出たら、私はファントム・ヤマプロへと変わる。

 

今日も全てを幻に誘う、超人となるのだ。

 

youtu.be