コスチュームに着替え終え、椅子に座り、シューズを履き替える。
靴紐に手をかけ、片足ずつ、一つ一つ紐を通しながら結んでいく。
先程までの自分はどこにでもいる、変哲もないただの人間だった。
そんな自分が、この儀式を通して何処かへと押し込められていく。
代わって現れる自分は、秘められたものか何処からやってきたか。
普段では出来ないようなことを簡単に平然とこなしてしまうのだ。
信じられない力で相手を撃ち、ぶつかり、捻り、放り投げる。
声は大きくなり、大勢を前にしても身体が震えることはない。
高い所に登り、飛ぶことも、大きな声援の前では造作もない。
打ちのめされ、関節が痛み、血は流れ、息が切れる。
どんな目にあっても、大きな声援があれば立ち上がれる。
この瞬間だけは、私は特別な存在、超人となれるのだった。
マスクを被れば日常から非日常へと世界が変わっていく。
長いことマスクを被っているので、何度も世界を行き来してきた。
自分にとって何処が居場所なのか、未だに正解はわからない。
新たに起こしたヤマプロは、これから何処へ向かうというのか。
自分に出来ることは、この非日常を戦い続けることしかない。
何も掴めないかもしれない。この世の全ては幻なのかもしれない。
ならば相手も、観客も、世界も、自分でさえも幻を見るがいい。
この控え室を出たら、私はファントム・ヤマプロへと変わる。
今日も全てを幻に誘う、超人となるのだ。