幻想

完璧だった。

 

道場での技の確認、段取り、身体作り。そしてコミュニケーション。

試合での演出、迫真の闘争、ドラマ、全て調和がとれていた。

 

この調和は、スタッフや選手達との信頼関係が第一だ。

ちゃんこも作ったし、一人一人とよく会話するよう務めた。

スタンドプレーは注意した。大怪我や失敗の元となるからだ。

 

バベルだけはガチ、と呼ばれることに申し訳無い気持ちはあった。

だが、不測の事態、仕掛けられたらやり返す練習だってしていた。

それと同じはずだったんだよ、あのMMA参戦は。

 

真の闘争を謳う我等が、断る術は無かった。

それでも勝つための完璧な作戦を用意したんだ。

スタッフの、選手の、世間の期待に応えるために。

 

俺は出会い頭のストレートが効いて慌てていた。

そして、続けざまのハイキックでダウンを奪われる。

攻撃の手は緩められない。すぐにマウントを取られた。

俺は亀の子になる。すぐさま首には腕が巻き付いてきた。

 

1分も無い映像だが、正直全く覚えていない。

最後には失神した俺の顔が映し出されていた。

 

この後、バベルの興業からは客が消え、選手が消え、スタッフが消えた。

幻想は消え去り、バベルの塔はひっそりと崩れ、崩壊した。

 

もう調和などと言ってられなくなった。調和なんていらない。

生きていくために本当に必要なのは、そんなものじゃなかった。

何かを壊してでも押し通す強さだ。過去の栄光は捨てた。

 

俺はプロレスの世界に活路を見出だすことにした。

単純に今までのままではいられなかった。様々な技術を学んだ。

中には俺の事を笑う奴もいたが、全員を分からせてやった。

 

試合ではあまり勝てなかった。あのイメージは強いままだ。

俺はすっかり見世物だから、客はよく入った。よく呼ばれた。

どんなに技術を習得しても都合の良い負け役だった。

どうせ俺なんか……

 

ある日、後輩の行徳が人気を博していることを知った。

俺と違って負け役ではなく、技の制限もされてないようだった。

お前はいいよな。うまくやってる。俺の事を笑っているんだろう。

そんな時だ。ヤマプロからオファーが届いたのは。

 

俺は犯罪者なのか?罪はまだ許されないのか?

俺だってもう解放されたいんだ。強くありたい。

行徳、お前を倒すことで俺は祓を済ませるんだ。

俺はお前を壊してでも押し通してみせるからな。

 

 

おい、いま俺を笑ったか?