汚してやる

穴倉瞬は入念にテーピングを行っている。

大怪我を未然に防ぐことには気を使っている。

事故が起きては自身の評価に多大なる影響が出てしまう。

 

最初は順調だった。道場では誰よりも早く技を習得した。

格闘プロレス団体「バベル」将来のエースと言われた。

才能がある、期待されていると思っていた。

 

想さんから練習生の指南役に任命された。

自分では熱心な指導っぷりだったと思う。

数日して練習生の一人が逃げ出した。

翌日には練習生に大怪我を負わせてしまった。

 

気付けば練習生はいなくなっていた。

実戦では勝てない日々が続いた。

 

ネット上では、バベルのポンコツとして揶揄された。

元練習生が道場での酷い指導風景を暴露して話題となった。

少しでも辛さが軽減するかもと、自演のフォローを書き込む日々。

 

なぜだ。

なぜこうもうまくいかないんだ。

 

後輩に行徳恭二が入ってきた。

彼のデビュー戦を務めた。今度こそうまく導いてやらねば。

しかし、気付けば俺の腕は逆方向に伸ばされていた。

この一戦以来、俺は前座が定位置となった。

 

なぜこうなった。

俺は将来のエースではなかったのか。

 

チャンスが欲しかった。

想さんや恭二にまとわりついては、機嫌を取っていた。

機会さえあれば、俺は輝くことができるはずなんだ。

 

しばらくして団体は倒産した。

俺の居場所は無くなってしまった。

 

今更普通のプロレスなんてできないと思った。

しかし、想さんは挑戦するらしい。生きるために。

想さんに俺も連れていってくれと泣いて懇願した。

俺も生きるために、もう一度輝くんだ!

 

二人で様々な団体を練り歩き、一点集中攻撃のスタイルを覚えた。

それでもなかなか勝てないのだが、よく呼んではもらえた。

当時は人気があるのかと、認められたのかと思った。

気付けば都合の良いジョバーだったのだと悟った。

 

腹が立った。

ある日、団体エースの腕を折ってやった。

俺達はどこからも呼ばれなくなった。

俺は永遠に栄光から遠ざかってしまうのか。

 

いま、輝くチャンスが巡ってきた。願ってもないことだ。

相手は葛西琢磨。人気はあるようだ。いいよなぁ、お前は。

お前など全身全霊をかけて汚してやる。輝くのは俺だ。

 

もう一度輝くんだよな、想さん。

 

いや、兄貴。

何処までも着いていくよ。