ある日の都内某所。
客もまばらなファミリーレストランに、三人の男が集まっていた。
ひとりはかなりの巨漢。並んで座るもうひとりも比べると小さく見えるものの、一般人と比べるとかなり体格は良い。向かいに座る最後のひとりは一番華奢には見えるが、やはり体格の良い年配の男である。
一番の年上と思われる男、マスクをしていない「ファントム・ヤマプロ」と呼ばれる男が口を開く。
ファントム「つまり、二人とも行き場を失ってしまったって事ですよね?団体が潰れてしまったと。今はどこの団体も経済事情は厳しいですからね。それぞれの思いから多くの団体が生まれては消えていく。私自身も経験したので辛さは分かりますよ。二人ともどうするんですか?地元に帰るんですか?貴方は大分でしたよね?」
話を向けられた巨漢の男、熱波猛は顔を上げた。
熱波「自分は帰る資金がないッス。でも、自分みたいな新人を雇ってくれる団体なんて無いと思いますんで、バイトでもして資金が貯まったら地元に帰るつもりッス。せっかく先生に色々教えてもらったんスけど、活動ができないんじゃ仕方ありません。今日は最後の挨拶ができればと思って連絡させて頂きました。」
「辛気臭いな!」
隣に座る若者、越冬燕一郎が吐き捨てる。
越冬「俺は諦めませんよ!俺になんてまだ何の価値も無いかもしれないけど、耐えて努力を続ければ、いつかは結果がついてくるんだ。俺に指導してくれた師匠のように、いつか誰かに認めてもらえる時が来るかもしれない。俺もバイト生活に逆戻りですが、トレーニングを積んで入団テストを受けまくるのみ!お前みたいな後ろ向きの奴は、空気が悪くなるからさっさと帰ったらいいよ。」
熱波「自分は身の程をわきまえてるだけッス。あんたは初対面なのに随分と失礼なんスね。」
越冬「なんだと!?」
熱波「なんスか!?」
ファントム「ちょっと!大声出すのはやめましょう。一般の方々の目もあるんですから……」
熱波「すんません。ついカッとなってしまって……」
越冬「師匠!師匠は団体を立ち上げないんですか?日本に帰ってきてからというもの、かなり活発に活動してるじゃないですか。あんなにあちこち走り回って、ベルトまで獲って、俺はすっかり団体を立ち上げるものとばかり思ってました。」
ファントム「いやいや、団体を立ち上げるってのはそんな簡単じゃないんですよ。様々な物を手配しなくてはならないし、人も必要だし、それらを維持していくお金も掛かる。コネ、人脈だって必要です。できたとしても今はまだ単発のイベントを数回開催する程度の事しかできないでしょうね。」
熱波「そうッスよ!先生にそんな迷惑かける訳にはいきません。あんたは節操の無い人ッスね。先生に恩義ってものを感じてないんスか?」
越冬「なんだと!?恩義なら感じてるよ!俺は師匠がやる気だってんなら、若輩ながら盛り立てていく覚悟があるって話がしたかっただけで……」
熱波「それは面倒見てもらおうとしてるようにしか見えないッス!しかも先生に対して随分と挑発的な態度じゃないスか?そういうところが恩知らずだって……」
ファントム「だから!他のお客さんに迷惑でしょ?私はね、しっかり準備して、今度は失敗しないようにしたいんですよ。」
越冬「俺は師匠に全部面倒見てもらおうってんじゃないんです。自分でも上がれるリングを探そうと動くつもりです。今度新人同士が争うリーグ戦があるので、既に参加を申し込んでいます。でも、新人が無所属ってのもおかしいじゃないですか。せめて俺は師匠の弟子を名乗って、所属として活動したいんです。」
熱波「自分だって先生の弟子を名乗れるなら付いていきたいッスよ。でも、先生にだって事情や考えてることがあるんだから、そんな頼り方は良くないのでは?先生の迷惑を少しは考えたんスか?」
越冬「ムウッ……確かに……俺は自分がプロレスを続けていく事しか考えが及んでなかったかもしれない。俺は師匠がすっかり団体立ち上げるものと思い込んでいたから……」
二人の問答が一旦落ち着きをみせると、三人はすっかり静かになった。それからどれくらいの時間が過ぎたのか、ファントムは砂糖無しのコーヒーをすすりながら何かを考えているようだった。カップを置き、溜め息を1つ。
越冬「師匠……なんかすいませんでした。俺、やっぱり自分の力で何とか……」
ファントム「……それなら、できるかもしれないですね。」
突然の発言に、熱波と越冬は目を見開き、お互いの顔を見合わせた。
ファントム「つまり、団体設備を持たなければ出費は抑えられるんですよ。私はかつてのような団体を復活させることしか考えてなかったから、そういう発想はありませんでした。所属させてブッキングするだけで良いなら、マネージメント契約ということなら設備もそこまで必要ないでしょう。ちょっと考えてみますよ。プロダクションの設立ということならね。」
熱波「本当ッスか!?俺、プロレス辞めなくて良いんですか?」
ファントム「ええ。貴方に諦めずに戦えと言ったのは私ですからね。私も本気で団体の復活を目指してます。まずはできることから始めてみましょう。」
越冬「やった!師匠ならできますよ!俺も必死で頑張ります!しかし、お前も結局は師匠に期待してたんじゃないのか?俺より食い付き良くないか?」
熱波「プロレスは辞めたくなかったけど、先生に失礼だからそんな事言えなかったんスよ!無神経なあんたと違ってね!」
越冬「お前は図体デカいのに細かい事を気にし過ぎなんだよ!そんなんでプロレスなんてできんのかよ?」
ファントム「まあまあ二人とも。そんなにお互いが気に入らないなら、リングの上で戦えば良いじゃないですか。二人ともプロレスラーなんですからね。」
熱波「しかし、先生。是非ともそうしたいところですが、私達は戦うべきリングがありませんよ。」
ファントム「さっき言ったじゃないですか。単発のイベントなら開催できると。選手を売り出していくなら試合を観せないと始まらないでしょう?リングとかの設備は借りればできなくもありません。移動は各自にお願いしましょう。単発のイベントを開催して、その試合を宣伝代わりにして選手を売り込んでいくんです。勿論イベントが好評なら次もできるし、続くなら団体として設備を揃えて単独でのツアーだって、いつかは回れるでしょう。」
越冬「確かに。スモールスタートとか言うやつですかね。」
ファントム「まあイベントという体裁にするには5試合くらいは組みたいので、選手を揃える必要はありますが、それはまあなんとかなるでしょう。昔の仲間や最近交流のある選手など、つてはいくつかあります。君達には重要な第一試合を任せますよ。」
熱波「光栄ッス!しかし、良いんですか?彼と自分とでは階級が違います。」
越冬「そんなの関係無いだろ!大事なのは闘志なんじゃないのか?俺は木偶の坊になんか負けない!」
ファントム「そうですね。新人はそんな事気にせず、気迫を見せてナンボ。どちらも持てる力を奮って、全力でぶつかり合えば良いんです。結果なんか気にしなくて良いんですよ。そんなものは後からついてくるんです。」
熱波「分かりました。自分は手加減無しに、この礼儀知らずの口を全力で塞いでやります。第一試合、よろしくお願いします!」
越冬「よし、俺もデカイ相手に燃えてきた!全力で勝ちに行くからな、覚悟しとけよ!」
ファントム「だからうるさいって!」
路頭に迷う新人レスラー二人の面倒を見る名目で、プロレスラーのマネジメントをメインとする組織を立ち上げることになったファントム・ヤマプロ。
初の自主興行「Phantom.1」開催に向けて各地へと走り回り、会場や設備の手配、選手との交渉など準備を進めていくこととなった。
組織の名前は既に決まっている。
「ヤマプロ」の再始動である。