賭け

イベントの成否はメインの試合によって左右される。

かつてファントム・ヤマプロが団体運営していた時に学んだことだ。

 

どんなに好勝負が続いたとしても、メインがつまらなければ悪い印象のままとなり、次からは観客が来なくなる。当然その逆もある。メインが盛り上がるよう前座の試合も良いものにしなくてはならない。気にしなくてはならないことは沢山あるのだが、セミファイナルまでのマッチメイクは終わり、後は重要なメインイベントを決めるだけである。

 

まずはメイン級の迫力がある日本人が欲しかった。日本に戻ってから何度か会っていて、フリーランスということもあってすぐに呼べる男は信道進しかいなかった。同じ釜の飯を食ったかつての同僚でもある。信頼のできる選手であり、身体のデカさもインパクト十分であろうと考えた。

 

その相方には、クラシックなレスリングに定評があり、かつて色々と面倒を見たノーマン・オブスキュラを呼ぶことにした。スケジュール的にも問題ないはずである。もう少しメインに相応しい人材はいたかもしれないが、事情により仕方なかった。

 

その相手は大型外人をと考えていたが、既にパウロ・マルティネスをマッチメイク済みである。彼は最近日本で活動していたので、そのまま自主イベントにもオファーを出したのだ。彼との交渉は高級クラブを利用することで何とか成立させることができた。

 

そして最後の一人である。最後の一人は見た目も試合展開もインパクトのある選手をブッキングしなくては観客の熱狂は得られないと考えていた。それだけの刺激があり、かつ現在フリーランスで、ツテのある選手はニック・エリオットしか浮かばなかった。

 

ニック「それで?そんな重要な交渉をこんな電話一本で済まそうとしてるのか?なかなかイカれてるんじゃないのか?俺が誰だか分かってるのか?」

 

ファントム「仕方ないでしょう?そんな簡単にアメリカと日本を行き来できませんよ。まあ私達の仲じゃないですか。そこは許して欲しいですね。」

 

ニック「俺達がそんな仲良しだったとは知らなかったがな。まあ、良いだろう。話は分かったよ。ただな、これは俺に何のメリットがあるんだ?俺がわざわざ日本まで行って、しかも小さな会場で試合するというんだ。どう考えても良い待遇とは思えない。」

 

ファントム「確かに。貴方のようなビッグネームが試合するには些か小さいのかもしれません。でもね、貴方もうアメリカじゃまともに試合できないでしょう?随分好き勝手やってきたんですから。今後試合をやっていきたいなら、市場規模として日本が最適だと思いますよ。」

 

ニック「まあそうだ。今の俺にオファーしてくるバカはいないだろう。お前を除いてはな。日本という市場には確かに興味を持っていた。だが、お前の主宰するイベントである必要はないだろう?多くの団体が存在し、規模も大きいところがあるのは知っているぞ。」

 

ファントム「貴方みたいなトラブルメイカーを誘うのは私のようなバカしかいないでしょう。それに、このイベントで貴方の日本での適正を見せれば、貴方にオファーする団体が出てくるかもしれませんよ。良い宣伝になるんじゃないんですか?それに、貴方はお金には困ってない。戦える場所があれば良いはずです。」

 

ニック「なるほどな。その通り。金には困ってないよ。しかし、戦う場所が欲しいってのは少し違う。俺は、合法的に観客のいる前で相手を痛めつけるのが好きなんだ。公開処刑って奴さ。そういうのが好きなんだよ。そこで、俺からはひとつ条件を出したい。それによっては出場を考えてもいい。」

 

ファントム「条件とはなんですか?」

 

ニック「俺が勝つブックを用意しろ。」

 

ファントム「なんですって?」

 

ニック「シナリオくらいあるんだろ?俺が一方的に痛め付けて勝つように書け。」

 

ファントム「あぁ、なるほど。そういうことですか。つまり、貴方はフェイクファイトしかできないってことですか?」

 

ニック「面白い冗談だ。俺の実力はジョバーをやっていたお前がよく分かっているだろう?なぁに、昔と同じさ。俺は全力を出すとか、そういうダサいことをやりたくないんだよ。分かるだろ?」

 

ファントム「実力があるなら見せれば良いじゃないですか。今回はブックは一切無しです。私はジャズが好きなんですよね。日本での宣伝と考えてるなら、その方が貴方にとっても良いと思いますけど。」

 

ニック「お前の好みなんて関係ないんだよ。俺にどんなメリットがあるのかって聞いてるんだ。」

 

ファントム「……分かりました。では、貴方の負けブックとするのはどうです?」

 

ニック「お前、話を聞いていたか?」

 

ファントム「その代わり、今回のイベントで得た収益は全て貴方のものとする。これでどうです?」

 

ニック「いや、俺は金には困ってない。さっきお前も言ってただろ?そんなの何のメリットでもないぞ。」

 

ファントム「私が路頭に迷います。人を痛めつけるの、好きでしょう?」

 

ニック「ハッハッハッハッ!お前面白いこと言うな。本当に頭イカれてやがる。」

 

ファントム「約束は守ります。貴方がブックを守るのか。実力で勝ちにいくのか。当日の貴方の判断に任せますよ。」

 

ニック「いま決めなくて良いんだな。」

 

ファントム「いつ決めるかは貴方次第です。」

 

ニック「良いだろう。その遊びに付き合ってやるよ。必要経費も引かずに全額だよな?」

 

ファントム「全額お渡しします。負けを飲んだらですよ。では、当日よろしくお願いします。」

 

無事にメインイベントの交渉を終えたファントム・ヤマプロ。これで初の自主興業を行う準備は全て整った。しかし、ニックが負ければファントム・ヤマプロは多大な借金をまた背負うことになる。それ以前にイベントは成功するのか?全てはメインイベントの結果次第となった。

 

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